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表現のエゴイズム/臣花

初めまして、こんにちは。
臣花と申します。
少しだけ、私にお付き合い頂けたら幸いです。

私は表現することが好きです。
小説、絵、ポエム。
私個人の日常はいつでも表現で溢れています。

そんな私が表現している事柄は世界です。

小説では理想を。
絵では空想を。
ポエムでは妄想を。

それぞれの形で世界を表現します。

理想と空想と妄想。
似たような言葉ですが、持つ意味は全て違います。本来の意味も、私の中の意味も。

小説は自分がしてみたい、したかった世界です。そこに現実味はありません。どちらかといえば、現代ファンタジーのような書きやすく、リアリティのない世界です。
実現不可の世界を、書き連ね、浸る。
実現不可の理想を白い画面に打ち込んでいく。そうやって成り立っているのが私の書く、小説です。

絵はいまだ修行の身ですので、あまり偉そうには語れませんし、語りたくないです。ただ一言いうなれば、絵はイメージから描きます。私個人の勝手なイメージ、空想から描きます。


さて、ポエムが表現する妄想とは。
私にとって、ポエムは感情の吐露です。
小説のように実現不可だった訳でなく、絵のようにイメージであるわけではない。

日常、私が実際に感じた気持ちを言葉に変え、「僕」や「君」という架空の少年少女に託します。そこにちょっとばかしのスパイスを加え、物語のように、情景を埋め込む。そうして、感情を隠す。

知られたくない。けれども、知ってほしい。
晒したくはない。だから、隠す。
身勝手なエゴイズムです。
ただのカッコつけです。

私という、身勝手なエゴイストの馬鹿みたいなカッコつけた妄想。妄想を孕んだ世界。
それが私にとってのポエムです。

表現するのが好きな私にとっての感情の良い吐き出し場。醜い吐き出し方はしたくない。ならば、カッコつけて吐露しよう。
そうやって、ポエムを書いています。
正直、カッコつけれてないときもあったりして、矛盾してたりしますがそこは御愛嬌。ということにして。

私にとってpoem24は感情の晒し場であり、癒しの場でもあります。
24時の逢瀬。
色々なポエムと出会い、感動する。そんな小さな心の波紋が、とても愛おしいのです。



24時の逢瀬がもたらした、出会いをこれからも大切にしていきたいものです。
24時から広まわった輪が様々な物事を通して、更に広まることを楽しんでいきたいと思います。


少しだけ、と言った割には長くなってしまいましたね。
此処まで読んで頂き、ありがとうございます。


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温んだ風が頬を撫でる。
君が最期に遺した海辺は煌々と、僕を慰める。
けれど、僕には必要ない。
( 君がいなければ、僕が此処に居る訳など )
君が遺したモノ全て抱いて鋼を掴む。
滲む赤、指差し、泡を数える。
加算から不可算へ。
泡から滝へ。
瞼から頬を伝い数えられない欠片が流れ逝く。
水を汚した。
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『不可算』篇より


written by 臣花
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