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自分の言葉が誰かを不快にする/和賀

さて、今日はちょっと書きたいことがあって筆をとりました。
「自分の言葉で誰かが不快になる可能性」についてです。
ポエム24(#poem24)は、
何度かtwitterのトレンドにもなったことからも
「ひとが集まる場所」ですね。
開催日の、タグが付与されたPOSTは何百・何千という規模の不特定多数の目に触れるのやも。
どうやら、そんなところまできてしまったようです。

本題に入ります。
或る日突然、
見ず知らずの誰かに自分の言葉を「不快だ」と言われたら、あなたならどうしますか?
「お前には関係ない」
「不快なら読むなよ」
こう返したくなりますよね。

今から決して穏やかではないひどい偏見を書きます。
ぼくは、「言葉でひとを殺すことは、可能」という考えの持ち主です。
勿論直接的な死因にはなりえませんが、例えば、
「言葉で自殺に追いやる」
「言葉で殺人を唆す」
これらに端を発して遂げられてしまった死は決して少なくない筈です。

ぼくは、「もし自分の大切なひとが、誰かの言葉に殺されてしまったら」
という最悪のケースを想像しました。
きっと胸の内だけに留めておくことは出来ないと思います。

ちょっといきすぎた究極的な例えをしてしまいました。
「なにが起こるか分からない」ということ。
一輪の花が咲いた、ただそれだけで胸が苦しくなって涙が止まらなくなるひとがいる可能性を、
雲の切れ間から太陽の光が射してきた、ただそれだけで怒りが抑えられなくなって暴力に走るひとがいる可能性を、
誰かに「ありがとう」や「愛している」と言われた、ただそれだけで死を選ぶひとがいる可能性を、
ぼくは否定できないのです。

長々と書いてしまいましたが一番書きたかったのは下記です。
自分の言葉を「不快だ」と言ったひとを。
そしてそのひとの感性を。
安易に責めないであげてほしいのです。
とはいえ、そんな風に言ってきたひとのことを嫌いにはなるのは仕方ないことですけどね。

平穏を望むぼくたちには難しいことなのかもしれません。
でも、自分の言葉が、自分の大切な誰かの胸に
時にやさしく、時に激しく、胸を打つように届いたときは。
そのときは、思い切りかみ締めていきましょうよ。

これからも、みなさんの自由な詩を読めることを楽しみにしています。

ではまた!


written by 和賀
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