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母から貰った感情表現/ドロレス

cali≠gariの歌詞でこんなものがある。
「ママからもらった感情表現。形態反射に過ぎないというのに。」(人形の家)
私の詩作のルーツはまさにそこにあるのかもしれない。

保育園に通っていた時もそうだが、母胎にいる時も聴かされてきた音楽がある。
佐野元春、サザンオールスターズ(桑田佳祐)、ユニコーン(奥田民生)、80's洋楽…等々。
とくに最初に上げた佐野さん、桑田、民生は特に私に影響を与えた人物なのではないかと思う。

最近になって上記3名の曲や歌詞を真面目に読むようになったのだが、やはり素晴らしい。
佐野元春の歌詞は、まさしく文学であった。
「悲しみの果てに優しくなるほど優雅な気分じゃない」(Complication Shakedown)
「どうしてあなたはそんなに手を振るのだろう 僕の手はポケットの中なのに」(グッドバイからはじめよう)
など、的確に私の心を突いてくる。これを幼少期に聴かれてていた私は幸せものだったと思う。
桑田佳祐の常識を逸脱した言葉遊びのセンスも素晴らしいし、奥田民生の日常名言集的なゆるーい、そして優しく切ない歌詞も好きだ。
私は無意識のうちにこの3人から詩的センスを貰っていたと言っても過言ではないし、それは母がくれた感情表現なのかもしれない。

私は母とよく似ている。それは親子だからもちろん当たり前のことなのだが、それ以上に求める文学性が同じなのだ。
まさしくママからもらった感情表現。私の詩は母によって生み出されたようなものだ。
昔高専にいた時代、文芸部で文芸誌を発行していて、そこに私の詩を2編ほど載せてもらった。
その文芸誌を記念に持ち帰ったら、ある日母がそれを読んで大泣きしていた。
私は焦った。「ななななな何事ね?!何があったんね?!」そう言っても母は目を真っ赤にして「欠伸しよっただけじゃけ」と笑う。
そこに載せていた詩は、私の失恋話をネタにしたものだったが、母はそれを読んで確かに泣いていた。
きっと同じような体験をしたのだろう。だって、私と母は世界で最も似た、同じ感情を持った人間同士だからだ。

その詩をブログに載せるつもりは今のところはないのだが(昔のサイトに載せていたので探せばあるかもね!)、愛すべき血族がそれを読んで泣いてくれた、その事実が私を勇気づけてくれる。
その頃の詩には色はない。だが確かな感情はこもっていた。
「ママからもらった感情表現」を確かに著していた。それは母の涙が証明してくれた。
絵画的に詩を書くのも結構だが、せめて血族の心くらいは揺さぶれる詩を書きたいとも思う。

所詮は親離れできない糞ガキなので、せめて親に向けた詩を書きたいとも思った日があった。
血族しか愛せない人間だからこその、意地がある。


written by ドロレス(twitter ID/ Do1ores)
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