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たとえば、愛したくなったとして、/遥

poem24に参加されている皆さんは、きっとその感情を素直に「愛している」と表現することはないのだろうと思っています。
ある人は「空があまりにも綺麗で」、ある人は「殺してしまいたい」。
何通りも、何十通りも、参加者の数だけ、その言葉は浮いてくるのでしょう。
どこまでも個性的で、愛しいほどにひねくれた方が集う。それがpoem24だと、僕個人はそんな気がしています。



ご挨拶が遅れました。改めましてこんにちは、遥と申します。
僕は元々、このアカウントで、ましてやtwitterという場で、詩を書くなどするつもりはこれっぽっちもありませんでした。
いや、少しはあったかもしれません。けれど、ただの日常の呟き、もう一人の自分が生きる世界、それだけのつもりで始めました。


詩、とも呼べないような文字の羅列、感情の吐き出し。そんなものを書くようになったのは、中学の頃からでしょうか。
本と机、文房具ぐらいしか友人がいなかった当時の僕は、行く宛のない言葉をただノートの端っこに汚い字で書き殴っては丸めていたものでした。
勉強の成績は中の中。数学は丸っきり苦手。走らせれば転び、保健室の常連客。
つまり何をさせてもぱっとしない、居ても居なくても大して変わらないような「どうでもいい人間」。それが僕。
twitterでは『和賀同盟 副会長』なんて肩書きを名乗っていたりしていますが、未だにビクビクな毎日です。



そんな人間ですから、今こうしてたくさんの人の目に格好つけて言いまわしている詩を晒すなんてことは、到底信じられない、嘘のような夢のような話であります。
それもこれも、はじめはほんの気まぐれと好奇心で参加したpoem24で、「誰かに見られる」ということに快感を覚えてしまったからでしょう。(決してそれは変態的な意味合いではなく。)
楽しくて楽しくて仕方がない、次の24時が待ち遠しい、生きていてよかった!
自分の詩の至らなさは棚に上げて、それだけがいまpoem24に対して思っていることです。



ここで「僕の人生を変えてくれてありがとうpoem24!」と、声高々に締めてしまうと、なんだか終わってしまうみたいなので言いませんが、これを読んでくださっている方皆さんが等しく抱いているであろうpoem24への想いと似たようなものが、僕の胸にもあるということだけ、お伝えしておきます。




ひねくれた人間が集まるpoem24、これまでに様々なお題で様々な詩が流れました。そしてこれからもきっと流れ続けます。
ひとつとして同じ詩はなく、同じ言葉はなく、僕は出会ってから毎回、その幅の広さと底の深さと天井の高さに、ただため息を漏らすのみです。
そしてできれば、僕もその夜空に流れる星たちの、そのうちの小さな小さなひとつとして、微力ながら光ってみたいと、そう願います。




長々と僕のことをお話いたしましたが、それでは最後に。



「たとえば、愛したくなったとして、」
僕ならば、そっとその手を握るでしょう。時々ぎゅっと、抱きしめるでしょう。




え?言葉じゃないのかって?
いやだなぁ。僕だって、ひねくれ者、ですから。


written by 遥(twitter ID/ yo_u03)
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ひねくれ者は詩う

直接言えばいいだろうことをわざわざ書いて、ちゃんと読み取って欲しかったり…ね。
たしかに、ひねくれ者であります。

「いそかば回れ」なんて諺みたいにまっすぐ伝えたい思いこそ遠回りの方がいい時があったり無かったり。
それでも遠回しなのは理解して欲しいから。まさにひねくれ者ですね。
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