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気紛れに。/更科灰音

唐突にひどい物言いをしてしまうなら、私は精神異常者です。実際にそういう病院に数年間通いつめ、ようやっと外出出来るまでに回復した社会不適合者。それが私です。

私にとって文章はただの文字の羅列でしかなく、本を読み漁るのは好きだったけれどそこに含まれている意味を読み取るのが嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで。知識としてしか文章を捉えなかったのを覚えています

何か書き出すことが嫌いだった。嫌いだけれど言葉を発する事が出来ずに、文章を書く事を続けた。自分の感情すら自分の文章から読み取れなくなった時、全てを諦めたくなった。

だからこそどれすとさんや和賀さんが詩の中で自由に表現しているのを見て、嫉妬した。そんな資格すらないのに、感情を表現できるという行為そのものができる人達に嫉妬した。醜く汚い感情で、けれど輪の中に入りたくて。だから自分の中の汚い思いだけを書き連ねる行為とポエム24のテーマが沿う時だけ書こう、そんな思いから参加したけれど。何時の間にか私だけが取り残されているような気分になって、少しだけでもうまく表現したくなって、段々と言葉を書く事が好きになって来た自分に気付いて。そのきっかけを与えてくれたのは間違いなく参加者の皆さんの言葉で。

私個人の汚い感情を許してくれとは言えません。けれど、皆さんの楽しむ場を穢してしまってごめんなさい。そして、気付かせてくれてありがとうございます。これからも参加出来る時には参加したいと思います。お目汚しになるかと思いますが、ご容赦のほどを。長文乱文失礼いたしました。


written by 更科灰音(twitter ID/ ain_e)
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ぽえむと私。/しの

好きな詩は谷川俊太郎、茨木のり子、八木重吉。
それと、高村光太郎にマザー・グース。

好きな和歌は陽成院の筑波嶺ので始まる一首。

初めましてこんにちは、
しのおしの21歳JDの職なし彼氏なしガールです。

大学生ニートからただのニートへ 
そんなクラスチェンジだけは避けたい今日のこの頃。
ポエムとポエム24について少しだけ、語らせていただきます。

初めて詩を自発的に書いたのは中学2年の頃。
多感な時期によくあるもやもやを、言葉にして吐き出すようになったのがきっかけだったと思います。
ストレス発散。精神的自傷行為。楽になる為だけの吐き出し。

今でこそ大好きな言葉にわたしは優しくない扱いをしてきました。

そんな私の詩に対する向き合い方が変わったのは
ザビビという掲示板との出逢い。

自分が作った詩を人様に見せる。
誰かが書いた詩を自分が読む。

延々その繰り返しを繰り返す掲示板。

掲示板内の作詞・作曲・編曲というカテに私はどっぷりはまり、
仲良くなったお友達とお題バトン式でポエムを書くようになったり
私の詩から待ち受け画像を作って貰ったり と

私は詩から始まるコミュニケーションに楽しさを見出してしまいました。

詩がコミュニケーションツールとして成立している世界。
言葉さえ持っていれば仲良くなれる人がいる。
綺麗な言葉は楽しいし美味しい。幸せ。

そして気付いてしまいました。


「独りよりも、いっぱいいた方がポエムって楽しい。」

だから、私がpoem24の魅力に夢中になってしまったのは、
お題についてポエムを作るだけでなく、人がたくさんいて
ポエムについて色々わいわいできるのが楽しかったからだと思います。

24時の後にお風呂でpoem24のタグを読み返すのも
次の日の和賀さんのトゥギャりを読むのも

凄くすごく楽しいし幸せ。

たくさんの人が同じ言葉をテーマに140文字という字数制限の中で、違う世界を彩る。
自分だけじゃ見にいけなかった世界を覗く事が出来る。

ポエム24ってなんか ほんともう 凄いですよね。


(それではまたいつか。24時のシンデレラタイムで(ノ)ω(ヾ) )


written by しの(twitter ID/ 7xyz_)

雅と祭と舞台袖/masaru tada

午前零時丁度に詩や歌をみんなで投稿する…「雅」。
開催は不定期で、参加者が決めるお題決定から、開催定時までのドキドキ…「祭」。
短歌クラスタの僕がポエム24にビビッ‼と来たのは、その本質に日本古来の「和」を感じたからだ。

そしてある日の開催直前…和賀さんの「---- 暗転 ----」のツイート。それを見た瞬間、用意した短歌の投稿待機をしていた僕のテンションは、高校演劇部時代…舞台袖での出番待ちのそれにフルコンタクトでタイムトリップした。

短歌詠みが一人、完全にポエム24に転んだ瞬間である。

勝手に11時58分に「開演アナウンス」POSTを始めたのは、強調したかったからだ。舞台に出る直前の出番待ちのあの気持ち…磨いた芝居を見せたい、見られたい、恥ずかしい、いや大丈夫、上手くできるか?、あとは征くのみ!…等々がないまぜになったあの独特の胸の内の「渦巻き」を。

そしてポエム24は僕自身も予想しない形の副産物を産む。
ポエム24の非公式サイドストーリー「少尉と軍曹」だ。
我々ポエム24の参加者には和賀さんの発言、時にプロフィールの名前欄確認が欠かせない。
定期開催でないこの企画は、お題出題者選定だけでなく開催自体のタイミングも…主催者の若きTwitter詩人の任意(有り体に言えば気まぐれ)によるからだ。
元々厨二気質で、元自衛官の父を持つ僕が、和賀さんを監視しつつ「目標は沈黙を守っています!」なんて口走るのは至極当然の流れだった。
となると、同じテンションの上官が欲しい。命令が復唱されて行ったり来たりする様が好きな程度には、僕は未だ十分厨二だからだ。
そしてポエム24対策班・対和賀同盟情報部・備品管理部別室所属の「少尉と軍曹」が誕生した。

軍曹「感あり!フォックス型通信!目標はお題を投下!これは演習ではない。繰り返す。これは演習ではない。」
少尉「狐め…動いたか。デフコン1発令!戦線の構築を急がせろ。」
軍曹「了解。デフコン1発令。総員第一種戦闘配置。」

…と、まあ。最初は和賀さんを監視する僕の脳内状態をツイートに起こしただけのものだったのだが。
思い付きとノリで始めたこのサブシナリオも、意外に応援してくれる人がおり、また僕自身が登場人物を気に入ったこともあって未だ細々と続いている。シリアスとアンシリアスの狭間の…なんか独特の空気で。

僕はポエッタラーではない。
ポエム24の雅な祭としての魅力。
舞台袖の緊張感。
そして詩も短歌も俳句も都々逸も…
開演アナウンスもネット諜報サイドストーリーも受け入れて成立する懐の深さに心を奪われたしがない短歌詠みだ。

にも関わらずポエム24からは沢山の感動やドキドキやインスピレーションを享受し続けている。
だから恩返し、というわけではないが…
例えば僕の開演アナウンスで。
例えば素っ頓狂なネット諜報サイドストーリーで。
例えば毎度一応投稿してる僕の短歌で。
このポエム24という企画が少しでも盛り上がったり、和賀さんがクスリとなったり、参加者が本当にこの企画が好きで愉しんで参加してるんだっていう主張になったりすればいいな、と心から思っている。

小売業の社会人として、この先参加自体がままならないこともあるかも知れないが、事情の許す限り…参加と賑やかしを続けたいと思う。

ポエム24、そして和賀さん。
今までありがとう。
そしてこれからも、どうぞ宜しくお願いします。


written by masaru tada(twitter ID/ hiromaru712)

物語/つよっしー

僕がPoem24に参加させて頂いたのは、確か2回目のくらさん(@ecratt)お題の「不可算」からだったと記憶しています。まだ現在使用されているのタグも無かった時ですね。
Twitterでポエムを書く、同じ時刻に全員で投稿するということ自体が初めての経験であった為、言葉では表せない程の緊張感と高揚感でiPhoneを持つ手が震えていたことを今でもはっきりと覚えています。
Twitterでポエムを書くことが初めてだと先ほど記しましたが、元々文章を書くことは好きです。小学生、中学生の頃に自分で物語を書いていたことの名残りがあるかもしれません。なんかドラクエみたいな冒険もので次々と仲間が増えていって…みたいな感じだったような気がします。もちろんストーリーも文章もめちゃくちゃですが。
だから僕がポエムを書く時はまず登場人物の設定とかを先に決めてしまいます。逆に情景描写なんかは苦手なんですよね。全然うかんできません。いつかそういうのも挑戦してみようと思う今日この頃です。


written by つよっしー(twitter ID/ tsuyoshing01)

タイトル変えました。/和賀

「ブログのタイトルが厨二くさい!」と各方面から言われて
自分が言われる分には厨二って褒め言葉の部類に入るのですが、
「原稿書きたいけど...どうしよう...」系のひとたちを躊躇わせている羞恥心はもしかして厨二タイトルが一役買ってるのではと思い
とっつきやすいように簡潔にしてみました。

今日。
僕が個人的に仲の良い友人、つよっしーから原稿を頂きました。
彼は第4回『ラジオ』篇のお題提供者でもあります。
トゥギャにも残っていますが、第2回が終わった後に彼が残した
「Twitterやってて初めてというぐらいに心が踊った。」
という言葉がとても印象的でした。


written by 和賀(twitter ID/ wagarack)

「詩」と「死」と「視」/マキナ

詩というものを意識し始めたのは小学生の高学年の頃か。
GLAYの歌詞に触れ、涙した。しかしそれは物語としての「歌詞」であって、「詩」ではない。
(私はこの世で一番GLAYが好きですが、タクロウ氏の歌詞に共感できない人間です。彼の歌詞は、真面目に頑張っている人間にしか共感できないだろうし、私は真面目に生きていけない人間なので、悔しいけれど彼の言葉に共感できないのです。)

母はTHE YELLOW MONKEYが好きだった。私もそれを聴かせてもらった。
…なんという世界!
衝撃だった。吉井氏の「歌詞」は完全に「詩」であり「文学」であった。
その言葉の選び方や並べ方、言い回し。その世界。センスというものを知った。
なにもかもが私にはショックだった。
それからは聴く音楽を歌詞で選ぶようになった。(今は音で選んでいるが)
花吹雪からプライマル。の流れに心を揺さぶられ、泣きながら小学校を卒業した。

中学校時代、好きな歌詞をノートに書き写し、それを切り取って折りたたみ、ポケットに入れるというお守りの真似のような行為が流行した。(と言っても私とその友人たちの間でだけだが)
好きな詩に触れるたび、私の中で何かが疼いていくのが判った。私も言葉を綴りたいと思ったのだ。私は友人たちに提案した。「詩を書いてみようよ」
遊び半分のつもりで友人たちと机に詩を書いては見せ合う。
「これはいい」「これはどういう意味?」「なるほど判るかも」
そんな他愛もない遊びはいつしか私の中で大きななにかに膨れあがっていった。
そして中学3年の終わりごろ、テキストサイトを立ち上げた。
HTMLと格闘し、なんとか形になったサイトに自分の思いの丈を綴る。それは今読み返せば中二病の戯言だが、その時は最高の出来だと思っていた。
その後もただ小難しい言葉を偉そうに並べただけの薄っぺらい詩作は続いた。

そんなぬるい詩を完全に壊されたのがあの日。恋人が自殺したあの悪夢の夜。
何もできなくなった。何も書けなくなった。生きることさえ出来なくなりそうだった。
私の詩には「死」がたくさんあった。「血」がたくさんあった。
けれどもそれは虚構で、ただの妄想で出来た嘘の言葉だった。
死ぬことの意味を知らずに死を書いた自分はなんと愚かしかったのだろうか。
彼への懺悔を綴った。もう届かないと知っていても、謝り続けなければならない。私が死ぬまで。彼を忘れぬように。
彼の死を受け入れる。彼の死を許す。彼の死を認める。
私はもう一度、詩を、死を書き始めた。
以前とは全く違う、愛と死を見つめることが出来るようになった。

話は変わるが、cali≠gari(GOATBED、XA-VAT)の石井秀仁の歌詞が好きだ。
彼の言葉からは意味が見えない。本当に意味があるのかないのか判らない。
だが彼の言葉の選びは耳に心地よく、歌詞カードは一つの芸術作品とさえ言ってもいい。
ひらがなカタカナ漢字アルファベット、全てがバランスよく配置されている。造語と言葉遊びのバランスも最高だ。
曲と相性の良い言葉(聴いて心地の良い音)を選んでいるのかどうなのか真意は不明だが、耳に入るその「音」は、私を色彩の宇宙へ誘う。
これを聴いて私は、意味のない単語の羅列でも芸術にまで昇華できると知った。「音」というものの大きさを知った。
私には共感覚がある。文字に色がつき、音からも色を見ることが出来る。その点から見て、彼の歌詞は、曲は、絵画なのだ。
ここからまた詩への情熱が燃え上がる。
彼のようなダサさとカッコよさの境ギリギリの造語を作り組み上げたい。
どうにかうまく文字を組み合わせたい。文字で「絵」を描きたい。
ただ背景に写真や絵を組み込んだだけでは「視覚的な詩」とは言えないことを彼から学んだ。(石井氏の真意は不明だがw)

私の詩は作風がころころと変わる。影響を受けやすいのだ。
素敵な文字を見つけるとそれをすぐに吸収して、自分なりの言葉に変換する。
言ってしまえばパクリなのだが、それでもいつかは本当の言葉を言えるようになるだろう。
poem24に出会い、様々な詩人を見た。色彩を見た。世界を見た。
私はそれらを吸収し、さらに成長したいと思う。上には上がいることを知った。だから私も上を目指す。
出会えた詩人たちに感謝を込めて。
「ありがとう」を言いたい。「好きです」と言いたい。


written by マキナ(twitter ID/d01or3s)

きっかけの夜/陽

はじめまして。

文頭でこんなことを言うのは詩人さん、ぽえったらーさんにお叱りをいただくやもしれませんが
私はもともと「ポエム」というものを恥ずかしいと思っていました。

ポエムや詩を書くのが恥ずかしいのではなく、
自分の中から出た言葉を見られる、公にするのが恥ずかしかったのです。

思い返せば、中学の頃には既にノートのすみっこにポエムとも言えないような
稚拙な感情を書いていたのですが…

そんなノートのはしっこにこっそりとポエムを書いていた幼少時代の習慣からか
今まで他人にそれを見せるという発想がなかったんですね。

そんな私がこんなにもポエムというものを公の場で書くようになった"きっかけ"は
和賀さんとどれすとさんの"選手宣誓"もとい第一回poem24を傍観したときからでした

和賀さんの存在は以前から存じておりましたが、
正直に言うとどんな方かもわからずフォローもしていませんでした
完全に「頬杖の人」としてインプットされてました

ちなみにツイッターでポエムを投じている方がいるのも知りませんでした。
ポエムをツイッター上に書くという考えからすごく遠い場所にいたんですね

でもあの夜、和賀さんどれすとさんの言葉を見て私の中で何かが変わったんです
ポエムを見られるのは恥ずかしいと思う自分の考えをやさしく払拭してくれたんです

自由に言葉を出すことのどこに恥ずかしいことがあるのかと
自分の言葉を見せるのに何の羞恥があるのかと

ハッとしました。ポエムはこんなにも素敵なんだと。

何度も何度もお二方の言葉を読み返しました。
今でもふと読みたくなって読み返すことがあります

そんなこんなで今ではなんの足枷もなくポエムを書いています
あの夜の選手宣誓が私の背中を押してくれたんですね
ありがとうございます。

まあ、そうは言ってもいきなり自分を変えるのは難しかったので
お題を見て今日こそは!と意気込んでは挫折し見学すること9回。
10回目のpoem24でようやく参加までもってこれました(笑)

初めての参加はドキドキしてそわそわして不安で

でも、きちんと見つけてくれる方がいました
ノートのはしっこを破りすてたのに、拾ってくれた方がいました

自分の言葉を見てもらえたのは嬉しくて嬉しくてちょっと照れくさくてくすぐったくて
嬉しかったです。

そんな気持ちにさせてくれた和賀さんどれすとさん、ぽえったらーさんに感謝です。

これからも一人でも多くポエムの楽しさを知ってくれる人が、
自分の言葉を見せる勇気を持てるようになる人が増えればと思います。

それでは、乱文で読みにくく拙い文ですが
最後までお付き合いありがとうございました。

これからも24時の魔法が続くことを願って。


written by 陽(twitter ID/haaallll)

詩について/N.S

私には悩みがありました。どうしたら、詩を140字で上手くまとめられるのだろうかと。私が日頃から書いていた詩は、どちらかというと作詞を意識したもので、サビのようなものもあり、とても140字では収まりませんでした。

そもそも私は、モバイルの公式ツイッターを使っていたので、皆がどうやって140字で収めているのかも知りませんでした。そのうち私は、何かをつぶやく時は、未送信フォルダに保存して、一字一字数えるようになりました。

和賀さんのことを初めてお見かけしたのは、どれすとさんとのやり取りでした。poem24を知ったのも、どれすとさんがきっかけです。それを見ながら、私にはとても140字ではまとめられないなと、そう思いながら眺めていました。

私のフォロワーさんに、えりえさんという方がいらっしゃいます。この方は、とても文才があり、私はこの方の詩を読むたびに惚れ惚れしていました。

しかし、私の性格として、すごい人に出会ったら、その人に追いつき追い越したいと思う性分なのでした。かくして、私はなんとかツイッターで詩を書きたいと思うようになるのでした。

私が初めてpoem24に参加したのは、「概念」というテーマでした。人という字の成り立ちについて、あれこれ理屈っぽく書きました。今思えば拙いできですが、私はtogetterにまとめられて浮かれていました。

なんだかいくらでも書けるような気がしてきましたが、長くなったのでこの辺で失礼いたします。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


written by N.S(twitter ID/ns_akg12)

選手宣誓/和賀

和賀です。

早速、頂いた文章を載せてみました。
あおえさん、ありがとうございました。
今々のところ。他に記事を送ってきてくれた方はいないのですが、
暇で暇でしょーがねーぜって方いたらお気軽にお送り下さい。
待ってます。
...待ってますからね!?(◞‸◟)

はい。
えー...、
今日は『ポエム24』という企画の発端的なものについて書いてみようと思います。
(全然大した話じゃないですが...)

まずはこちらをご覧下さい。
http://togetter.com/li/184668

そうです。第1回の模様です。
この頃はまだポエム24のポの字もないので、第1回もヘッタクレもないのですが
便宜上、第1回としています。
このポエム24という企画は。
僕のキマグレに対しどれすとさんが選手宣誓並に手を挙げたことに端を発しています。

お題を決めて、
各々練って、
そして二人が準備ができたらたまたまそこに24時という雲の切れ間がそこにあったわけです。
せーの!で各々が感じたものとは
雲が無い一瞬の隙をついて上空から飛び降りるスカイダイバーの気分だったのか。
或いは、雲の切れ間から降り注ぐ天使のはしごを見ている観測者の気分だったのか。

ポエム24という名の、自由参加のフェスティバル。
今にして思えばあの時のどれすとさんの挙手はまさに
『選手宣誓』のようだったなと。


written by 和賀(twitter ID/wagarack)

拙い思い/あおえ

私は、全く詩を書いたことがありません。
頭に湧くイメージのまま口にする性格なので、脳内に言葉が残りにくいのです。

しかしこの手法、年を重ねるごとに行き詰まりました。短時間なら可能ですが、毎日脳内変換して出てくる言葉は、いつの間にか私の言葉ではなくなっていました。

そしてある日、糸が切れたように言葉が出なくなりました。
浮かぶイメージを上手く口に出せなくなりました。

自分なりの訓練のひとつとしてtwitterを始めたころ。poem24のお題*時計*を知り、ポエムの定義もなにも分からないまま投稿しました。

楽しかった。

その後、皆さまの詩を見て自分が恋愛系を書き皆さまが大きなテーマを元に書いてらっしゃる事実に気付き、穴がないか探しました。
ポエム=恋愛じゃなかとね!?(恥)と。。

その日から私のツイート数は格段に増えてます。思ったことを独り言にせず、自分のために、誰かに向かって。

ただ、poem24があんまりにも大切すぎて、ここ以外で詩と呼べるものは一切書いてません。
全ての芸術に対して表現者でなく「観客」であり続けてきため、まだ表現することに葛藤があります。

24時の言葉たちが舞い踊る時だけ、その時だけ「参加者」になれる魔法。
この魔法が消えないことを祈ってます。


written by あおえ(twitter ID/aoe_24)

挨拶/和賀

このブログの概要についてはブログの説明文にほとんど書いちゃったのであんまり書くことないんですけど(◞‸◟)

『参加者たちによってつくりあげられるもの』という企画の性質上、
主催者が下手に自分の考えをぶちまけると
押し付けがましくなってみんな興醒めしちゃうだろうということで
開催時は多くを語らず。杓子定規的なスタンスを貫いているのですが、
ひとつぶっちゃける場があってもいいだろうということで、
ここではくだけた感じでいこうと思います。

今回書きたいことがひとつあって。
『詩をかく理由は人それぞれ』 ということ。
初めて詩を書いたときのことを、あなたは覚えていますか?
僕の場合は。
学校の生徒手帳の最後のほうに自由欄みたいなのあるじゃないですか。
あそこに書きました。内容までは覚えてないですが
多分ひとにみせられないような、恥ずかしいものだったと思います。ただ、
『誰の為でもなく、自分の為だけに書いた』
この感覚だけは覚えています。
そうです。自己満足です。
でも、どこかで誰かに見てほしかったりもしたのかなって。
なぜなら、詩とは整えられてつくられるものだからです。

『誰にも知られたくないようなことを、誰かに知ってほしいと思えたりする』
それは『詩』という、言うなればお茶を濁したような形式でなければ成立し得ないプロセスかもしれません。
存外、悪くないよなって。そう思うのです。



さて、希望者いるか分かりませんが
このブログで、
こういったポエム24や詩に対するコラムっぽいものを書いてくれるひとを募集したいと思います。
記事のタイトルに名前を入れたのはそういうことです。
一回でもポエム24に参加してくれたことがあるひとなら誰でも結構です。

twitterのID、記事のタイトル、本文を
こちらまで送って頂ければ載せさせて頂きます。
wagainfo@gmail.com
宜しくお願いします。


これから気がむいた時に裏話とかも書いていければと思います。
みなさん、いつもありがとうございます。
ではまた。さらば。


written by 和賀(twitter ID/wagarack)
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